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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)3314号 判決 1991年8月30日

原告

三晃物産株式会社

原告

三浦賢茲こと

三浦謙二

被告

岐阜プラスチック工業株式会社

主文

一  原告三晃物産株式会社と被告との間において、被告は、登録番号第911389号の特許権に基づいて、原告三晃物産株式会社が別紙第一目録(一)記載の鉢を生産し、譲渡し、貸し渡し、又は譲渡若しくは貸渡しのために展示することを差止める権利を有しないことを確認する。

二  原告三浦謙二と被告との間において、被告は、登録番号第911389号の特許権に基づいて、原告三浦謙二が別紙第二目録(一)記載の方法を使用することを差止める権利を有しないことを確認する。

三  被告の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら(本訴)

主文同旨

二  被告(反訴)

1  原告三浦謙二(以下「原告三浦」という。)は、別紙第二目録(二)記載の方法(以下「イ号方法」という。)を使用して鉢裁判を行つてはならない。

2  原告三晃物産株式会社(以下「原告会社」という。)は、別紙第一目録(二)記載の物件(以下「ロ号製品」という。)を製造し、譲渡し、貸し渡し、又は譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。

3  原告らは、被告に対し、連帯して金九六〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

4  原告会社は、被告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告らの負担とする。

6  仮執行の宣言。

第二当事者の主張

(本訴)

一  本訴請求原因

1 当事者

原告会社は、合成樹脂の成形加工及び販売等を業とする株式会社である。

原告三浦は、シクラメン等の鉢物植物の温室栽培を業とする者である。

被告は、海産物の加工販売、合成樹脂製品の成形加工等を業とする株式会社である。

2 原告会社は、別紙第一目録(一)記載の製品(以下「原告製品」という。)を製造、販売している。

3 被告は、原告製品が後記五の反訴請求原因1記載の登録番号第911389号の特許権(以下「本件特許権」という。)の実施にのみ使用する物であるから本件特許権を侵害するものであることを理由として、原告製品の製造、販売の停止を求めている。

4 原告三浦は、別紙第二目録(一)記載の方法(以下「原告方法」という。)によりシクラメン等を栽培している。

5 被告は、原告方法が本件特許権を侵害するものであることを理由として、原告三浦が原告方法を使用することの停止を求めている。

6 よつて、被告に対し、原告会社は主文第一項記載のとおり、原告三浦は同第二項記載のとおり、被告が本件特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1 本訴請求原因1ないし3の事実は認める。

2 同4の事実のうち、原告方法の内容のうち「灌水樋の貯水溝内に水を溜め」とある部分は否認し、その余は認める。

3 同5の事実は認める。

三  抗弁

後記五の「反訴請求原因」欄記載のとおり。

四  抗弁に対する認否及び反論

後記六の「反訴請求原因に対する認否及び反論」欄記載のとおり。

(反訴)

五 反訴請求原因

1  本件特許権

被告は、次の特許権(本件特許権)を有する。

発明の名称 鉢栽培の灌水方法及びその装置並びに灌水樋

出願日 昭和49年8月31日

出願公告日 昭和52年10月26日

登録日 昭和53年6月21日

登録番号 第911389号

2  特許請求の範囲

本件特許権の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当欄記載のとおりである(以下、同欄1記載の「鉢栽培の灌水方法」についての発明を「本件発明」という。)。

3  本件発明の構成要件

本件発明は、次の構成要件からなるものである。

A 植木鉢内の植物を育成せる土壌中に一端を埋め込み他端を植木鉢の底部孔より導出せる繊維束を設け、

B 植木鉢を載置するための載置台部を両側に有し中央に導水溝を有する断面C字状の灌水樋を形成してこの灌水樋の導水溝内に水を流し、

C この灌水樋の両側上面に設けた載置台部上に適数個の植木鉢を架設配置して該植木鉢より導出せる繊維束の他端を導水溝内の水中に浸し、該導水溝中の水を毛管作用により上記繊維束を介して吸い上げ、植木鉢内の土壌に水分を補充することを特徴とする。

D 鉢栽培の灌水方法

4  本件発明の作用効果

(1) 植木鉢内から底部孔を介して導出させた繊維束の他端を導水溝中に浸したため、毛細管現象により円滑に植木鉢内土壌中に水分が補給せられ、該土壌を常に良好な水分状態に保つことができる。

(2) 導水溝内に水を入れるものであるため、不必要な水の蒸散がない。

(3) 鉢本体の底部孔を介して単に繊維束を付加せしめるだけであるため、安価で、かつ植木鉢の交換や配置換えが簡略にできる。

(4) シクラメン等湿気を嫌う植物の栽培の場合には、根(土壌中)より水分を適量補給してやるのが良く、かかる鉢物栽培の植物を手数を要することなく、また、出荷時期に適した育成調整ができる。

(5) 植木鉢を載置するための載置台部を両側に有し中央に導水溝を有する断面C字状の灌水樋を形成したため、灌水樋自体を植木鉢の載置台として利用でき、別個の載置台を形成してその上に植木鉢を置く必要がない。

(6) 灌水樋に何ら特別の構造を付加することなく必要数の植木鉢を自在に載置台部上に架設配置することができる。

(7) 肥料を含んだ水(液肥)は、長尺な灌水樋の導水溝内を流水していくものであるため、水が腐敗し植物の成育に悪影響を与えたり悪臭を放散することがない。

5  イ号方法の実施

原告三浦は、遅くとも平成元年三月初めころから、イ号方法を業として実施し、シクラメン等のいわゆる鉢物植物を栽培、販売している。

6  本件発明とイ号方法の対比

(1) 構成の対比

以下のとおり、イ号方法は、本件発明の構成要件AないしDをすべて具備している。

① いずれも、植木鉢内の植物を育成する土壌中に一端を埋め込み、他端を植木鉢の底部孔より導出させた繊維束を設けた植木鉢を使用する。

② いずれも、植木鉢を載置するための載置台部を両側に有し、中央に導水溝を有する断面C字状の灌水樋を形成しており、この灌水樋の導水溝内に水を流している。

③ いずれも、灌水樋の両側上面に設けた載置台部上に適数個の植木鉢を架設配置して、該植木鉢より導出させた繊維束の他端を導水溝内の水中に浸し、該導水溝中の水を毛管作用により前記繊維束を介して吸い上げ、植木鉢の土壌に水分を補充している。

(2) 作用効果上の比較

イ号方法は、前記4記載の本件発明の作用効果と同一の作用効果をもたらすものである。

(3) 以上のとおり、イ号方法は、本件発明の構成要件をすべて充足し、かつ、本件発明と同一の作用効果を有するものであるから、本件発明の技術的範囲に属する。

7  損害

原告三浦は、イ号方法を使用してシクラメンを栽培しており、その数量は平成元年度分だけで少なくとも三万鉢を下らない。そして、原告三浦はイ号方法により栽培したシクラメンを一鉢当たり平均八〇〇円で販売し、一鉢当たり平均販売価格の四割(一個当たり平均三二〇円)、合計で少なくとも九六〇万円の利益を得ている。この利益の額は、原告三浦の侵害行為によつて被告が被つた損害と推定され、被告はこれと同額の損害を被つた。

8  原告会社の共同不法行為

原告会社は、イ号方法が本件特許権を侵害するものであることを知りながら、原告三浦に対しイ号方法によるシクラメンの栽培を教唆し、もつて、原告三浦と共同して本件特許権を侵害した。

9  ロ号製品の製造、販売

原告会社は、遅くとも平成元年一月初めころから、ロ号製品を製造、販売している。

10  ロ号製品の特徴

ロ号製品は次のような製造上及び作用効果上の特徴を有している。

(1) 構造上の特徴

① 合成樹脂材料にて一体に射出し成形して形成されている。

② 底部に複数(一二個)の孔を有する。

③ 底部の円周部分に沿つて四つの脚部が形成されている。

④ 右各脚部に灌水樋に係合する切欠が形成されている。

(2) 作用効果上の特徴

① 底部に複数の孔を有するため、灌水のための繊維束の導出が容易である。

② 底部の円周部分に沿つて四つの脚部が形成されているため、灌水樋の上に載置したときに極めて安定が良い。また、適宜の配置転換が容易である。

③ 脚部に灌水樋に係合する切欠が形成されており、灌水樋上に載置するに際して右切欠に灌水樋の上部を係合させることにより、植木鉢が灌水樋に固定され、作業時に接触して植木鉢が落下する等の事態を防止することができる。

11  間接侵害

被告は、本件発明にかかる方法についてのみ使用するために、その系列会社でありリス興業株式会社に、別紙第一目録添付の写真のとおりの形状の植木鉢(以下「被告製品」という。)を製造、販売させているが、ロ号製品は、その構造及び作用効果において被告製品と同一で、本件発明にかかる灌水樋の上に載せて使用されるものであり、特に、各脚部に形成された切欠が、本件特許にかかる灌水樋に係合する幅、奥行きとなつているところ、右切欠は、右灌水樋に係合する目的以外にはその存在の意義はまつたくないものである。したがつて、ロ号製品は、本件発明の実施についてのみ使用する物にあたる。

12  損害

原告会社は、平成元年2月ころから現在までに、ロ号製品を少なくとも五〇万個製造、販売している。ロ号製品の平均単価は三〇円であり、原告会社は、一個当たり少なくとも平均六円、合計で三〇〇万円の利益を得ている。この利益の額は、原告会社の間接侵害行為によつて被告が被つた損害と推定され、被告はこれと同額の損害を被つた。

13  結論

よつて、被告は、原告三浦に対し特許法一〇〇条に基づき反訴請求の趣旨(前記第一の二)第1項のとおり、原告会社に対し同法一〇一条二号、一〇〇条に基づき同第2項のとおりの判決を求めるとともに、本件特許権侵害に対する損害賠償として、原告らに対し、連帯して九六〇万円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日(原告三浦について平成2年3月23日、原告会社について同月24日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、並びに原告会社に対し、三〇〇万円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六 反訴請求原因に対する認否及び反論

(原告会社)

1  反訴請求原因1ないし4の事実は認める。

ただし、同4の(7)の作用効果に関しては、本件公報の「発明の詳細な説明」欄には、「灌水樋の導水溝内に水を流すものであるから、灌水用の水が一箇所に滞留してこの水が腐敗し、植物の成育に悪影響を与えたり悪臭を放散するようなことがない。」と記載されている。

2  同5の事実のうち、原告三浦がシクラメン等の鉢物植物を栽培、販売していることは認め、その余は不知ないし否認する。

3(1)  同6の(1)の冒頭部分は争い、②のうち灌水樋の導水溝に水を流しているとする点は否認し、その余の事実は認める(ただし、権水樋の溝は「導水溝」ではなく「貯水溝」である。)。

原告三浦がシクラメン等の鉢物の栽培について用いている原告方法においては、灌水樋として両端を閉塞したC字鋼を水平に設置し、これをいわばプールとして単に貯水溝として利用しているに過ぎず、溝の中の水は滞留しており、流れている事実はない。

(2)  同6の(2)の事実は否認する。

原告方法の作用効果が、反訴請求原因4記載の本件発明の作用効果と異なる点は、以下のとおりである。すなわち、同4の(1)について、原告方法は灌水樋に水を滞留させるに過ぎないため、栽培植物による吸収や蒸散による水位の変化は不可避であり、植木鉢内の土壌を常に良好な水分状態に保つことができるものではない。同4の(4)について、原告方法は灌水樋内に水を滞留させるに過ぎず、適時水分を適量補給してやる必要があるため、これに相当の手数を要する。同4の(7)について、原告方法は灌水樋内に水を流すものではなく貯水用の水を滞留させているに過ぎないため、水が腐敗し植物の成育に悪影響を与えたり悪臭を放散することがある。

(3)  同6の(3)の事実は否認する。

4  同7の事実のうち、原告三浦がシクラメンを栽培していることは認め、その余は知らない。

5  同8の事実は否認ないし争う。

6  同9及び10の事実は認める。

7  同11の事実のうち、被告がリス興業株式会社に被告製品を製造販売させている事実は認め、その余は否認する。

ロ号製品が本件発明に対する間接侵害を構成するためには、第一にロ号製品が客観的技術的にみて本件発明に対する直接侵害行為に不可避的に結びつく物であること、第二にロ号製品が本件発明にとつて基本的に重要なものであることが必要であるが、ロ号製品は、C字鋼を利用しつつも本件発明とは無関係に設計施工された栽培システムや、G字鋼を利用しないベンチ置きシステムないし網置きシステムにおいて広く使用されており、社会通念上経済的、商業的ないし実用的であると認められる他の用途を有するものであるから、ロ号製品は、本件特許権に対する直接侵害行為に不可避的に結つく物とはいえない。

また、被告は、ロ号製品の脚部に灌水樋に係合する切欠が形成されていることをもつて本件発明の実施にのみ使用する物であると主張するが、本件公報の「発明の詳細な説明」欄には、「灌水樋10の断面形状はどのような形状でも良い」(二頁右列一六行目)と記載されているのであり、かつ本件明細書には使用される植木鉢の底部の切欠について何ら記載されていないのであるから、植木鉢の底部に設けられた脚部に樋に係合する切欠を有するか否かは本件発明にとつて基本的に重要なものであるとは到底いえない。ロ号製品の脚部の切欠が本件特許権に係る灌水樋に係合する幅、奥行きとなつているのは、鉢の大きさが事実上規格化されているためであり、むしろ、本件特許にかかる灌水樋が、鉢の大きさに合わせて製造されているものである。

8  同12の事実は否認する。

(原告三浦)

1  反訴請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5の事実のうち、イ号方法のうち灌水樋の導水溝内に水を流しているとする点及び実施を始めたのが平成元年3月初めころであるとする点は否認し、その余の事実は認める。

3  同6の事実に対する認否及び反論は、原告会社と同一である。

4  同7の事実のうち、原告三浦がイ号方法(ただし、灌水樋の導水溝内に水を流すという点を除く。)を用いてシクラメンを栽培していることは認め、その余は否認する。

5  同8の事実は否認する。

七 原告らの主張に対する被告の再反論

原告らは、灌水樋のC字鋼の両端を閉塞していると主張するが、この両端には取り外しの可能なキヤツプが使用されている。商品価値のあるシクラメンを栽培するためには、灌水樋内の液肥の濃度成分及び適正な水量の管理が不可欠であり、原告三浦はそのような管理をするに当たり、適宜、C字鋼両端のキヤツプをはずして一旦溝内の水を両端から排出させ、その上で、C字鋼中央部に設けられた給水管から水を流入させているのであり、また、日常の給水作業においても、常に右給水管から水を流入させているのである。そして、C字鋼内部の水を排出する場合、水は両端に向かつて流れ出るものであり、中央部から給水する場合、水はC字鋼の中央部から両端に向かつて流れて行くことになるのであつて、このように、C字鋼内の水が水平に移動する限りは、本件発明の構成要件Bにいうところの「水を流す」という概念に含まれるものである。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

理由

一  本訴請求原因事実(ただし、原告方法の内容のうち、「灌水樋の貯水溝内に水を溜め」とある点を除く。)並びに反訴請求原因1(本件特許権)、同2(特許請求の範囲)、同3(本件発明の構成要件)、同4(本件発明の作用効果)及び同5のうち原告三浦がシクラメン等の鉢物植物を栽培、販売していることは当事者間に争いがない。

二  そこで、原告三浦がシクラメン等の鉢物植物を栽培するのに用いている方法が、本件発明の技術的範囲に属するか否かについて判断する。

1  まず、原告三浦が用いている方法の内容について、イ号方法(被告主張)は、「灌水樋の導水溝内に水を流し」という要件を含むのに対し、原告方法(原告主張)はこれに代えて「灌水樋の貯水溝内に水を溜め」とするものであり、その余の点についてイ号方法と原告方法は同一である。

2  そこで、右の点に関し、原告三浦が用いている方法について検討するに、証拠(甲四の一ないし四、甲一五、証人小野寺、原告三浦本人、検証)によれば、原告三浦は、愛知県宝飯郡御津町大字下佐脇字八反田六番地所在の同原告所有の温室において、シクラメン等を栽培しているが、右温室で潅水樋として用いられているC字鋼は水平に設置されており、その両端にはキヤツプが取り付けられて閉塞されていること、C字鋼の中央付近には、C字鋼の上を垂直に横切る形で塩化ビニールの管が設置され、この管を温室内にある水加圧機から地下パイプを通じて連結する蛇口につながつていること、シクラメンについては概ね7月から11、2月くらいまでの間このC字鋼の上に置かれて栽培されるが、C字鋼内の水は蒸散等のために大体四、五日でなくなるので、地下水を右水加圧機で加圧し、右塩化ビニールの管を通して、五日に一回くらい給水すること、肥料としては、液肥と固形肥料の両方を用いているが、液肥は、C字鋼の水に混ぜて与えるのではなく、C字鋼上での栽培期間中に五、六回程度、ホースで各鉢に与えているので、C字鋼内の水における肥料の濃度を管理する必要はないこと、右の栽培期間中にC字鋼の両端のキヤツプをはずして中の水を捨てることはなく、栽培期間後、溝にたまつた藻などを清掃するためにはずすだけであることが認められる。

右認定事実によれば、原告三浦がシクラメン等の栽培に用いている方法においては、水平に設置したC字鋼にその両端を閉塞して水を入れ、水が減つてくると、五日に一回くらい補給するというのであるから、これは、用語の有する普通の意味で「水を流す」ことには当たらないものと解される。したがつて、原告三浦は、イ号方法ではなく、原告方法を用いてシクラメン等を栽培しているものと認めるのが相当である。

3  ところで、被告は、本件発明の構成要件Bにいう「灌水樋の導水溝内に水を流す」という要件は、C字鋼両端から水を排出する際又は中央部に水を補給する際に、C字鋼内の水が水平に移動することをも含むものであると主張するので、以下、原告三浦がシクラメン等の栽培に用いている右の方法が、本件発明の構成要件Bを充足するか否かについて検討する。

右の点に関し、まず、本件明細書においては、一貫して灌水樋の断面中央の溝を「導水溝」と呼んでおり(甲一)、「導水溝に水を流す」という場合には、一時的に溝の中にある水が水平方向に移動するという以上に、積極的に継続して水を流すことを意味するものと解するのが自然である。また、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の作用効果の一つとして、「灌水樋の導水溝内に水を流すものであるから、灌水樋の水が一箇所に滞留してこの水が腐敗し、植物の成長に悪影響を与えたり悪臭を放散することがない効果を有する」と記載されており(甲一)、灌水樋の水が一箇所に滞留しないような態様で水を流すことが前提になつているものと解される。さらに、証拠(甲七、八、一〇、一一、一五)によれば、本件特許権の出願当初の特許請求の範囲には、「灌水樋の導水溝内に水を流す」という要件は含まれていなかつたところ、右出願は公知の技術であるとして拒絶査定がされたことから、「灌水樋の導水溝内に水を流す」という要件が新規性のある構成として特許請求の範囲に付加されたこと、その補正の際に被告が特許庁審査官に提出した意見書には、右のとおり付加された構成の作用効果として、「灌水樋の導水溝内に水を流すものであるから、灌水用の水が一箇所に滞留してこの水が腐敗し、植物の成育に悪影響を与えたり悪臭を放散するようなことがない効果を有するものであ」るとし、このような効果は公知文献の発明にはない独特のものであると記載されていたこと、右の公知技術とされた発明ないし考案においても、培養液を栽培槽に供給することないし水槽に水を入れることが記載されていることが認められる。

右のような、本件明細書における用語の使用方法、作用効果の記載、出願手続の経緯等を総合して判断すると、灌水樋たるC字鋼の両端から水を排出させ、又はその中央部に水を補給することによつて、C字鋼内の水が水平に移動することとなることは、本件発明の構成要件Bの「灌水樋の導水溝内に水を流し」という要件に該当しないものというべきであり、この点に関する被告の主張は理由がない。

4  右によれば、原告三浦がシクラメン等の栽培に関して実施している原告方法は、本件発明の構成要件Bのうちの「灌水樋の導水溝内に水を流し」という要件を充足しておらず、したがつて、原告方法は、本件発明の技術的範囲に属しないものというべきである。

三  次に、原告会社の製品が本件発明について特許法一〇一条二号にいう「その発明の実施についてのみ使用する物」に当たるか否かについて検討する。

原告会社がロ号製品を製造、販売していること及びロ号製品が反訴請求原因10記載のとおりの構造上及び作用効果上の特徴を有することは当事者間に争いがない。

被告は、ロ号製品が、その製造及び作用効果に照らし、本件発明にかかる灌水樋の上に載せて使用されるものであり、特に、その脚部に形成された切欠は、右灌水樋に係合する目的以外にはその存在の意義はないから、本件発明の実施についてのみ使用する物にあたると主張する。

しかしながら、ロ号製品は、合成樹脂製の植木鉢であつて、その形状自体をみても、これを本件発明とは無関係に鉢物植物の栽培に使用することができることは容易に推認することができるものである上、現に、原告三浦は、原告方法を実施した当初の一年間はロ号製品と同じ製造の植木鉢を使用して、前記二のとおり、本件発明の技術的範囲に属しない方法によつてシクラメンの栽培を行つていたものであり、また、現在では、灌水樋を用いない「マツト灌水方法」なる方法においても、ロ号製品を使用していることが認められる(甲五の九ないし一一、原告三浦本人)。

したがつて、ロ号製品が本件発明の実施についてのみ使用する物といえないことは明らかである。

四  結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 杉原則彦 裁判官 後藤博)

<以下省略>

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